「地下室アントンの一夜」(尾崎翠)

作品に漲る尋常ならざる前衛的なエネルギー

「地下室アントンの一夜」(尾崎翠)
 (「日本文学100年の名作第2巻」)新潮文庫

詩人・土田久久作は、
オタマジャクシの詩を
書こうとしていたところに
動物学者・松木から
小野町子によって
オタマジャクシが届けられ、
詩が書けなくなり、
地下室アントンに出かける。
そこには幸田がいて、
松木、土田が合流する…。

申し訳ありません。
自信を持って粗筋を紹介できるほど、
本作品を理解できていません。
本作品は
①(幸田当八各地遍歴のノオトより)、
②(土田九作詩稿
「天上、地上、地下について」より)、
③(動物学者松木氏用、
当用日記より)、
④(地下室にて)の
4つの部分に分かれています。

①はたった2行の詩(?)です。
でも、何を意味していて、
以降の章にどのように
かかわってくるのかすら
理解できませんでした。

②が本作品の主要部分です。
しかし土田九作とは何者か?
実在?架空?
語り手「僕」とは土田九作か?
そうでないのか?
確信を持てないまでも
「僕」=土田九作と考えると、
登場人物は「僕」(詩人土田九作)、
動物学者・松木、松木夫人、
おたまじゃくしを届けた
使者の小野町子、
の4人です(と思います)。

②の終末に①の2行の詩が
再登場します。
そして「地下室アントン」という、
タイトルになっている
地下室(の名前?)が登場します。

③の語り手「余」は松木氏です。
前半は自身の研究の紹介、
後半は「余」が土田九作の家を訪問し、
土田が詩を書けないことを
見抜く顛末。
そして終末にやはり地下室アントン。

④では、
いわゆる地下室アントンでの
松木と土田の会見の一夜が
描かれます。
そして理解不能のまま
最後のセリフに突入します。
「さっきから思っている。
 心理医者と一夜を送ると、
 やはり、
 僕の心臓はほぐれてしまった。」
「そうとは限らないね。
 此処は地下室アントン。
 その爽やかな一夜なんだ」

自分の読解力の未熟さを
さらすだけの今日の記事となりました。
「だったら取り上げるな!」と
お叱りを受けることを覚悟の上、
この作品に漲る尋常ならざる
前衛的なエネルギーに
感銘を受けたため、
取り上げた次第です。

(2019.2.6)

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